2009年02月03日

久しぶりです

今日は節分久しぶりの日記です。

主人の誕生日がもう直ぐです入院してから三年半です動けなくなってから三年
あの時ベットから落ちて運が悪かったらきっと亡くなっていただろうと思う
命はあったけれど・・・・・・・
いったいいつまで生きていてくれのだろう

最近病院に行くのがとても億劫になってきた
病棟の婦長はじめ担当ドクターが代わりなんだか雰囲気が良くない
面会に行くたびに部屋が変わっているのです
あちこち動かされている
明日面会に行くけれど部屋は又変わっているのかな・・・・・

病棟が変わったころはナース・助手さんたちは声を駆けてきてくれていた
だからこちらも話もできていたそれに他の患者さんの家族もいて
話もできて色々と情報も交換できた
でも今ではその患者さんも亡くなってしまった。
その患者さんも亡くなってもう一年が過ぎた
一年なんてあっという間

本当にどうなるんだろうちょっと心配

母が障害三級になったこれも又心配
今のところダイジョウブだけれどいつまでも元気でいて欲しい
春になったら温泉にでも連れて行こうかな。
posted by なお at 17:21| 長野 ☁| Comment(50) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

2005年12月の事

2005年12月はじめの事

息子と三人で主人の洋服を買いに少し離れたお店まで行った
そこは佐久平のイオンです
どうしてこんな遠くまで行ったかというと
今思うと近くのお店では私自身恥ずかしかったからなのです。

主人をつれて買い物なんてとても無理だった
このころ歩くのがかなり危険だった目が見えているようで見えていない感じだった

佐久平のイオンの良かった所は広くて試着するのにもとてもひろくできていた
主人と二人で入っても十分の広さだった
座る所もあって障害者にとても優しくできていたのです。

このころ次第に手の動きが変になってきていた
着替えも自分では出来なくなっていた
歩く事も少しずつ衰えてきていました。

丸一日家の中 朝起きて着替える時に手が勝手に動いている
食事の時にスプーンも箸も大変
そうだ ちょっと私が出かけた際に私が忘れ物を取りに戻ってみると
なんとコタツの上に柿があったのだがそれを食べていた
皮もむいていないそのままのものを
とうとうここまできた 午後はズボンが上げられなくていた
見るとうんちで汚れていたので着替えさせたが人のいう事はわかっていない。

12月18日雪
昨夜いつもの時間8時には寝ていた
私がそろそろ寝ようとしていたところに突然あらわれて
朝だから起きたというようなことを言ってきた
昼と夜を間違えるようになってきた
今日も昼間はTVをつけているがうとうとしていた
私の言った事にはほとんど反応がない
大きな声で言ってもだめ 逆切れされそうだ
というよりされてしまう
だからほとんどはなしかけないようにしている
食事だが これだけは楽しみのようだ直ぐに手がでる
何でも食べてくれるのだが・・・・・・

朝からパンツを3回も交換した トイレに行くたびにウンチをして
吹く事ができないのでそのままパンツを履いてしまうのだ。

12月21日
床屋さんに連れて行く
それは大変だった 車に乗るにどうやればいいのかわからないのだ
私もとまどってしまった 最近はディの車に慣れてきて
ハイエースのようなワゴン車だと簡単にのるのだが
軽自動車では身体を曲げなければ乗れない この先どうすれば良いのか・・・・・
食事もスプーンを上手く使えなく 投げようとしていたが
起こっている様子はなく手がかってに動いてしまう感じだった。

posted by なお at 16:57| 長野 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

三年前の秋〜冬

症状は次第に進んでいった
認知症のほかに別の症状が出てきていた

お腹の下の方と腰が時々痛がっていました
外科を受診しました。

10月24日
東口病院に行ってみてくださいと言われ見ていただいた 「ソケイヘルニア出ているね」と言われ入れていただいた「ふれあい薬局」でヘルニアバンドを注文する
家に帰ってから1時間もしないうちにまた痛がり東口病院に電話して再度病院に行く 病院について診察の際にはもう痛がらなかった 帰りにデイによって話しをしてきた  しかし又夕方には痛がって出ていたので
寝かせて入れてあげた。

11月に入ってからデイケアーに行く事が楽しくなって毎日行くようになった
私も昼間の数時間主人から離れられるようになった。
お昼を一人でゆっくり出来るようになった

11月21日
アリセプトを飲んでいるがアルツハイマーは確実に進んでいる
朝は特によくない 寒くなってきたことで脳に伝達ができないのだろうか
普通の人でも寒いと億劫になるが
それと パーキンソンの方も 手の動きが朝は特にひどく大きく勝手に動いてしまう
食事の時にスプーンを持たせるがなかなか上手く持てない
ひどい時には勝手に動いて落としてしまう
夜中にトイレに起きてその後ベットに寝るのだが 向きが逆になっていたり
何も掛けなかったり又ベットに只座っていたりすることがある

今日はディに喜んで行った この所ディにとても行きたがるようになっている
楽しいようだ

11月26日
今朝は大変な騒ぎになった ズボンが上がらないと言ってきたので
行ってみるとさっき着替えたばかりの衣類が全部ぬれていた
そしてトイレのなかを見ると
なんとトイレのふたの上にうんちオシッコをしてあったがく〜(落胆した顔)

「遊びにいく」といいだした どこに行くと聴いてもわからない
おそらくディにいきたいのだろうと思いきいてみると
やはり「うん」と答えていた

三年前の11月はこんな状態でした。
今思うと私一人で介護よくしてたと思う。

posted by なお at 20:31| 長野 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

2005年8月〜

平成10年冬
物忘れが出始める 字がかけなく計算ができなく落ち着きがなくなる

この時から丸10年ですでもそれ以上に歳月が過ぎた感じがく〜(落胆した顔)
思い出すと色々ありました。
今では懐かしい

2005年8月〜
8月11日
栗田病院に診察に行く
朝精神科の課長さんかrрェあり話を聞いて行くことにした
本人どうにか車に乗ってくれたのでよかった
診察中少し怒り出したが 先生が上手くなだめてくれたので納まった 私とドクターと二人で話ができた かなり進行しているようだ 今介護保険3だがドクターの見た目は4でもおかしくないといっていた
その後デイケアーのほうに行ったが嫌がらずに行ってくれた スタッフの人とにこやかに話をしていたのでよかった
とりあえず週2日デイに行くよう進めた23日から火曜日と木曜日ということで
薬が増えた グラマリーノを1回二錠一日三回になった これで落ち着くだろう

8月23日
今日はデイケアーの初日 車が家前に止まった 「誰かきたので玄関に行って」と言うと出て行ったしかし自分の名前をよばれて行きましょうと言われたとたんに怒って部屋に行ってしまった
結局後で向かえに来ていただく事になって 数十分後来ていただいたが同じ事だった
そこで話の結果又木曜日にきていただくことになり ゆっくりやることにしたか顔なじみになる事から始めることにした
犬の散歩は時間に関係なく行っている

8月25日
デイのお迎えに来ていただいた
犬の散歩の後直ぐだったのでタイミングはよかったのだがスタッフの顔を見たとたんにうちの中に入ってしまう(怒りながら)数分吉池さんと話をして 時間は掛かるけれども気長にやると言う事にした
なんとか車に乗ってほしいものだ

9月12日
栗田病院に診察に行く
どこに行くんだと車の中で心配するが病院まで行く
診察もおとなしくしていた 前回は帰ると言い出したが
今日は言わなかった
そのままデイに行くいやがらなかった
機嫌はあまりよくなかった 他の人に目を向けて私が話しをしていたら
機嫌がが悪くなり落ち着かなくなってしまった
家に帰ると部屋の中をうろうろし始めた
無理してはいけないと言う事で今日はそこまでで帰ってきた

9月26日
デイに行く
数十分で怒り出してしまった
いすから突然立ち上がり「帰るんだ」と言い出して
うろうろし始めるそのうちに人の所を蹴飛ばし始めた
落ち着かないので家に帰ってくる本人は何も覚えていない ただ車に乗った事はわかっていたようだ


10月6日
朝散髪やさんに連れて行くその際車に乗せるのが大変だった その間に吉田の兄さんがおやきを持ってきてくださった
午後は西友で知恵子さんに会ったその際に「静夫ちゃん顔つきが変だったよ」と云われた
午後デイのスタッフ二人が来てくださった
吉池さんと伝田さん
主人は結構喜んで話をしていた
この調子で進んでくれたらいいな
今日は一日良くおしゃべりしたな。


10月7日
夜中にトイレの電気を消してしまったら おしっこをやられてしまった
トイレの中なのだが 座る場所がわからなかったようだ
布団をのぞいてみると ちゃんと寝てはいたが パジャマのズボンが脱いであったアラ不思議。


posted by なお at 14:46| 長野 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月17日

2005年5月後半〜

このころからトイレに行く事が難しくなってきた。

整骨院のデイサービスに連れて行くが落ち着かなく嫌がっていた
そして腰が痛いのでベットで電気をかけてもらうのだが
そのベットに寝ることができなかった。

6月1日
夜中にトイレに起きたさいどこにやればよいかわからなかったらしい
朝トイレに行ってみると入り口にオシッコがしてあった その他にもネコがやったわりには沢山なのでやはり・・・・パジャマのズボンとパンツがぬれてたたみの上に置いてあった

6月13日
夜NHKの介護の番組を一緒に観ていた 自分のことだとは本人はわかっていないのだろう 一緒になって笑っていた とてもムカついた TVでは自分の親が認知症のことだが我が家は主人なので話す人がいないどうしようもないそれを考えると胃が痛くなる

6月18日
千葉の娘旦那のお父さんの所にお見舞い伺った。 それから娘とと孫と一緒にこっちに帰ってきた
主人は久しぶりに会う娘達に嬉しそうにしていた なんとか無事にしていた。

6月28日
今日は久しぶりの雨降り
太陽の散歩に行きたいのだが
雨が降ったりやんだりしていて結局いかれなかった
孫に「うるさい出て行け」と
寝る前にどなっていた。孫はおお泣きだった。
 何か言われるのはいやなようだ。

7月10日
この一週間の様子
孫とと日中はよく遊んでいるのだが夕方になってくるといつも機嫌が悪くなって 最後には怒って自分の部屋に行ってしまう
何回か手をだして孫を泣かせていた 5日に主人を一人にして温泉に行った 洗濯物を出して行ったが取り込んであった 夕立があったので心配だったが取り込んであったので助かった 9日は午後から出かけて又洗濯を出したままだった 又雨にふられてしまった
この日はだめだった 帰ってきてみると雨が降っているのもわからなかったようだ 今日は朝から寝てばかり 話もしない タバコがなくなったせいか元気がない様子
ただ犬の散歩は相変わらず行っている。

このころからタバコに火をつけることが難しくなってきていた
私が付けてあげていた。

家に一人で置いて置くことはかなり厳しくなってきました。
私も24時間一人での介護はかなりしんどくなってきていた。

右手がピクピク動く事が多くなってきていた

7月31日
夜中にトイレに行ったら 入り口がぬれていた よく見たら大量のオシッコがしてあった
どのようにしたのだろうか ベットをみたら横になってそのままねていた 起こして直させて寝かせた
風呂に入れた後紙パンツ(実家からもってくる)を履かせたしばらくリビングにこlなく部屋にいってみると
パンツを脱ぎ捨ててあった パジャマのズボンだけはいていた。

8月6日
妄想 厳格
今日突然「そこにサルがいる」と言い出した近くにネコがいるでもなし泣いているでもなくどうしたことだろう
3日に病院に行ってから?タバコを吸わなくなってからどこかいつもと様子が変わってきいている
右手のぴくぴくするのもひんぱんになるようになってきた
靴を履くのも手伝ってあげないとできない いろいろと衰えてきている。

この年の8月末から今の病院のデイケアーに行くようになりました。
posted by なお at 22:27| 長野 ☀| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

2005年5月前半


5月6日
散髪に連れて行く帰りに車に乗ることが思うように出来なかった
腰が痛そうだ 。

5月9日
朝トイレに行くとスリッパがぬれていた マットもびしょ濡れ夜中にトイレに入ったさいにまちがえたようだ
午後青野整形に連れて行く レントゲンを撮るそのさいにベットに寝るのに一苦労した 
病院に入ってスリッパに履き替えるのもわからない 
腰は骨と骨の間が磨り減って骨が出て神経にふれてしまうので痛くなるそうだ。

5月11日
朝犬の散歩から帰ってからすぐに日赤に行く3ヶ月に一回の診察日
身体障害者手帳に関して保健所に行くように矢彦沢医師に言われたので行った 
その結果精神科の連絡ミスであった 去年の3月からの診察代と薬代がもどってきたわーい(嬉しい顔) 今日一日疲れたようだ 。

5月12日 
整骨医ナガイに連れて行く嫌がらずに車に乗った腰に電気をやってマッサージをやってもらった、
その後となりのやわやわでお茶をいただいたが前回行った事はおぼえていなかった 
抵抗もしなくよかった。 明日も連れて行ってみようと思う

5月13日
午前中は肌寒い時々雨が降って午後は晴れてきた 朝犬の散歩に行った後は何もしない
午後昨日行った整骨医に行こうかと聴いたが行かないと言ったので今日は行くのをやめた
夜寝る前にパンツを履き返させたやはり汚れていたこの所毎日うんちがついている 上手くふき取ることができない 
D2でパットを買ってきたそれを履き替えたパンツに入れてやったら「こんなもの」と言って怒ってはずしてしまう

毎日家で主人と二人だけこのころから私は・・・・もうやだ〜(悲しい顔)でした。
posted by なお at 20:43| 長野 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

それから4月

今から三年前の四月の日記です

4月4日
風が強く寒い一日だった
午前中に買い物に行って帰ってみるとズボンを履き替えてあった
よくみるとズボン下を脱ぎ捨ててあった 
トイレに行ってズボンを上に上げられないと最近脱いでしまうことが多くなった

4月5日
晴れ 今朝の気温はー3℃昼間は18℃になった
今日もサンダルびっこに履いていたが気がつかない 一言いったら笑っていた。

4月7日
一日風が強いが今日も暑かった
朝着替えさせたときにはパンツとズボン下はいていたのだがしばらくしてからトイレに行った後に

ズボンを上げられなくうろうろしていた
見てあげるとパンツはよごれて後ろ前反対になっていた
着替えさせてあげる
犬の散歩以外今日も外にでない

4月8日
今日も風が強い
この風の強いのにタバコを外に出て吸おうとしていた
風呂に入れる先日シャワーいすを購入したがやはり上手く使用できない ディに行って欲しい

4月16 17日
オシッコをもらす(16日は我慢ができなくパンツがぬれたうろうろしていた 
17日朝着替えさせたズボンは 履きづらく怒って脱いでしまったその際に下着にうんちがついていたので全部着替えさせる)
今日はオシッコは大丈夫だったが風呂に入れるときにパンツをみると汚れていた
このところもらすことがおおくなっている そろそろ紙パンツにしたほうがいいのかな

4月20日
天気雨がふったりやんだり
入浴息子にやってもらう
ヘルパーのことを言うといやがる
今日はなん曜日と聞くとだまったまま 何月かもわからない 関心がないようである 
イライラしてくるので話をしてもむり・・・・・・

4月29日
右手で箸を持つのがだいぶできなくなっているがさらに悪くなった来た 一本の箸を持っているのと同じだ 
桜と菜の花の写真をみせたがわからないようだったこれは何と何回か聴くと怒ってしまう

症状は徐々に進んでいます

 
posted by なお at 21:42| 長野 ☁| Comment(9) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

薬&日記

日赤でアルツハイマー病と診断されてここで初めて薬を飲み始めました
日本ではこの薬アリセプト一種類だけですが
これで治る事はないけれど病気を遅らせる事はできると言われました
そして飲んでいても約三年が限度らしいとそして副作用も出る人もいる
と言われてました。

主人の場合はこの薬とビタミン剤ユベラを飲んでいました
アリセプトを飲み始めてから蕁麻疹が出ていたのが出なくなりました
このころはまだ落ち着いていたので落ち着かせる薬(グラマリール)は飲んでいなかった
これが今から五年前平成15年ごろの春でした。

その後少しづつ変化してきました
買い物に一緒に行くと「ここはどこだ?」とか物にぶつかりそうになったり
エレベーターに乗る際に足がでなくなったりし始めました。
食事も自分では食べることが出来なくなりました。

平成17年三月ごろから
入浴時自分で体を洗えなくてただただボーっとしていたのです
洋服も一人では脱ぎ着は出来なくなりました。

そのころの日記です
3月21日
入浴後パンツを履いてと言ったら
手を入れてしまう シャツとまちがえているようだ
最近犬の散歩以外は外にでなくなって来た

3月22日
曇りのち雨 今日も
朝犬の散歩に行った以外は外にでなくコタツに入っている デイサービスに行ってほしいと言ったら怒る
夕飯の後にヨーグルトを食べさせるがスプーンが使えない
口に入れてあげる。

3月24日
昨日吉田の恭子さんからрる
色々と本人のいる前でデイサービスの話をしていたが一向に本人は気にしていない その後お風呂に入ってもらった
パジャマを一人で着させて見るができなかった 
ついでにデイのことを聞いてみた コスモスは遠いのでいやだが近ければ行くと言った

3月26日
今日も雪降っている10センチほど積もっている 犬の散歩に行かれないのでおちつきがない
整理ダンスの前でうろうろしていた
しばらくして行ってみると下着になっていた ズボンだけ履いてパンツは履いていない おしっこを上手くできなくひっかけてしまったようだ 着替えは自分ではできないので着せて上げたがイライラして怒ってしまう。

3月27日
晴れ犬の散歩に行く
引き出しを出してそのままにしてあった その後買い物から帰って来て見る外で昨日降った雪を方付けたらしいサンダルが汚れ靴下も汚れていたので履き替えさせるが白とグレーの片方ずつはいていた自分ではわからない様子
この所右手がぴくっと動くことが多くなってきた
灰皿をなぜか犬の前でわってあった

3月29日
デイケアーのやわやわに見学にしぶしぶでかけるが 入り口で拒否してしまう(年寄りばかりでいやだ)しかたがないので本人は車の中で待たせる 説明をお聞きした
永井接骨医でマッサージをしていただいた デイのケアーマネージャー丸山さんはとてもよく話しを聴いてくださった

3月31日
デイのことを話すと死ぬと言う
ケアマネの町田さんが介護保険書を持ってくる 小諸の病院に行ってみたらと言われた 若いアルツハイマーの患者を受け入れる施設は長野にはまだないと言われた
私はがっかりした

この先の日記は又



posted by なお at 13:56| 長野 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

日赤で・・・

仕事を辞めて長野に帰ってきてからの主人に変化はほとんどなかった
そのため私はスーパーで働く事にしました。

日中は主人一人で家のこともできていました
洗濯をしたり庭の手入れ草取り・そういえば熱帯魚も飼っていました
犬の散歩も毎日続いていました。
この状態が約2年半続いていました。
この間に病院も変わりました

病院はそれまでかかっていたN病院がちっとも他の病院を紹介してくれなく
こちらも心配になり色々と聞いてみたのですが良い返事もなかったので
調べたりした結果精神科が良いということになって
結局又実家の母が通っていた長野日赤の精神科を受診することにしました。

精神科を受診して結果良かったのです
ここでは精神科と神経内科両方の科で観て行くという事になりました。
そしてここでMRI・他の写真を撮りました
脳の萎縮と脳の後ろの部分の血流が悪くなっていると言われ
ここで初めて「アルツハイマー病」と診断されました。

そして障害者年金の手続きをしました。
年金を貰うにはまだ10年もありましたこの障害者年金にしてようやく生活費が入るように
なりました。
それでも2級だったのでそれだけだはとても・・・・・・




posted by なお at 21:05| 長野 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

それから一年が・・・

国立病院を受診して紹介状を書いて貰いその二ヵ月後主人と私の
生まれ故郷長野に戻ってきました。
もちろん子供たちも一緒です。

帰ってきてから子供たちはバイトを始めました直ぐに就職したくても
なかなかありませんでした。
私も2ヶ月ほどして働き始めました。
52歳で退職してしまい年金もまだもらえないこの先どうしたら生活して行ったらいいのか
とりあえず30年間働いたので退職金を崩しての生活が始まりました。

後は私の実家から大分助けて貰いました。
私の両親からはお金の面では本当に助かりました

主人の様子は仕事を辞めてから落ち着いていました
家の掃除をしたり洗濯をしたり庭の手入れをしたり好きな事をやっていました
パチンコがすきで時々一人で出かけていました。
でもどこか変
それでこっちの病院に受診をしたかったのですが
どこに行けば良いのか全くわからない状態でした
し方がないのでまずは実家の母が看て頂いている病院に受診しましたが
認知症だとまだ理解して貰えなかったのです。

その状態から約一年が過ぎようとしていました。




posted by なお at 20:14| 長野 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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